早一年

伯母の認知症の記事を最初に書いたのが昨年の一月。

時の経つのは早い。そして認知症の進みもびっくりするほど早い。あれからまだ一年半も経っていないのかと、信じられないほど長い時間を過ごした気分である。

実は、今週に入って、施設を探している。おかげさまで、処方されてたアリセプト認知症対症薬)がよく効いて、自傷行為も暴れることも暴言もなくなった。このことで、クスリは本人が楽になるためでもあるが、それ以上に家族(介護者)のためにあるとつくづく感じている。暴れなければ、ボケも許せてしまうし、時折、かわいいもんだなぁ、などと呑気にもなれてしまう。

だから、伯母と向き合うことはあまり苦ではなくなった。しかし、アルツハイマーの進行と共に、いろいろと大変にもなってきた。何しろ、さっきのことが覚えていられないから、説明しても注意しても意味をなさない。コミュニケーションは決してムダではなく、笑顔も増えるし楽しそうにしているからそれはそれで意味があるのだが、一人暮らしをさせる上で、無理が生じるようになってきてしまった。

「クレジットカードが使えないのよ」と言われ、理由を聞いても「わからない」。後で調べれば限度額オーバー。そのことを説明して、あと何日後には引き落としがあるからまた使えるよ、と説明しても、覚えていられない。「かわいそうだな」と案じていると何のことはない。「使えなかった」という事実などすっかり忘れて、何食わぬ顔をしてまた使っている。案じた私がアホらしい。

とか、そんなささいなことなのだけど、何を説明しても明日には忘れている。「おいしい! このお寿司どこで買ったの?」と喜んでくれるから、丁寧に店を教える。「わかったわ。今度買いに行く!」とはしゃいでいたから、こっちも嬉しくなるけど、お寿司一貫口に入れると「おいしい! このお寿司どこで買ったの?」と同じ会話の繰り返し。私はまた同じ説明をする。

けど、楽しい話題ならイライラすることもない。でも、昨日OKしたことを今日イヤと言ったり、筋が通らないことも多い。そういう時は、さすがにイラッとする。こちらが振り回されるから、病気なんだとわかっていても、ついイラッとしてしまう。顔には出せず、ストレスがたまる。

だんだんと暑くなって来た。この冬はとうとうエアコンを使いこなせず、古い暖房器具で暖をとっていた。夏場もきっと、エアコンの使い方を忘れてしまい、窓開けで過ごしたりするのかと心配になってしまう。水分は一日最低1Lと何度言っても記憶しないし、栄養状態も悪いから、下手すれば死んでしまう。

訪問介護を受け入れる人じゃなく、一日おきに取っている宅配弁当にも「あきる」とケチをつけている。

少しでも元気なうちに、温泉付きの施設も良いんじゃない? と提案してみたら、意外にもうなずいた。だから私は問い合わせを開始した。

けれど、いざ、パンフレットを見せれば、「冗談じゃないわよ! 施設なんて行かない」なんて言いそうだ。つい先日、私に施設探しを頼んだことなんか、すっかり忘れてしまって。

コミュニケーションはなかなか難しくなった。一番身近で世話をしている私がドロボー扱いされたりしたら大変だが幸いにもまだそれはない。年中探し物をしているが、しばらくすると探していたことすら忘れているから、本人にとっては楽になっていってるかもしれない。

食べたものを忘れるのは物忘れ。食べたことを忘れるのは認知症と言われるが、まさしく、買ったことも行ったことも会ったことも話したことも忘れる。昨日のことか今日のことかもわからない。冷蔵庫にはバターとジャムと醤油がやたらと増える。食べきれないほどの野菜が箱の中で腐っている。捨て方のわからない資源ごみが部屋の隅に溜まる。

訪ねるたびに、だぶついている食品を持ち帰るから、私の私腹(?)は肥える。ありがたい。

ゴミは行くたびに片づけてあげれば良い。お金は騙しとられたのでなければ、好きに使って良い。けれど、危険は回避してあげなければと思う。

今、熱海で施設を探しています。どこも温泉つきで、あとはのんびり安全に暮らして行くだけしか生きる道がない彼女にとって、三食・温泉つきの介護施設は、賢い選択に思えます。

まるで、自分の老後を見据えての施設探しとなっております。

追伸:去年の始め頃、伯母の介護をどうするかと奔走していたら、ケアマネの資格を取ろうと思い立ってしまい、四月頃から半年間、勉強しました。その知識は、今の施設探しにもすごく役に立っています。素人が介護保険を使おうと思うとわけがわからないこの現状は間違っていると強く感じています。
10月実施の試験結果は合格(今年の合格率は15%弱で、前年に比べ合格率高め)で、年明けから義務の研修(半分アホらしく半分ためになる)を受け、4月に東京都に登録されました。今のところ、ケアマネになるつもりもなく、訪問介護を続けています。でもまぁ、まったく訪問介護経験のないケアマネさんがほとんどで、居宅のケアマネをやるなら、訪問介護の実習を義務づけるなどの有意義な研修内容にあらためた方が良いんでは? とつくづく感じました。研修中、エラそうにふるまう若い病棟看護師らに対し、「お前らに居宅介護の何がわかる!」なーんて内心叫んでましたよ。ヘルパーはホント、地位低い。低すぎる。それでも私はヘルパーを続けることに意義を感じます。早いもので、もう8年目ですが、まだまだ青いです。ちなみに、今年の介護報酬の改定(引き下げ)で、信じられないことに時給が下がりました。ほんとにもうっ!

 伯母のアルツハイマー、変な神様には治せない

久々。ストレスが溜まった時は好き勝手書くのが一番!

耳がぼわ〜ん、となってしゃべりにくい。今日で一週間。何十年振りかの耳鼻科で「ストレスとか寝不足とか過労とかないですか?」とおじいちゃん先生に聞かれて、「あるある」。聞かれる前からストレスの原因わかっていたのだわ。

アルツハイマーの伯母の介護疲れ。

介護のプロでも身内の介護にはほとほと手を焼く。そう、すなわち、仕事は仕事、家族介護の疲労の比ではない! ということ。

伯母のアルツハイマーはどんどん悪化している。独居ならではの進行の速さを感じています。と、まぁ、週一度しか会わないので、そんなことは耐えられる。「怒らない」ことだけ配慮してれば良い。集金の人にお金払ったことを忘れて私に振り込みに行かせたり、約束を間違えて早く来たくせに「遅い!」と激怒したり、まぁ、そんな類のことは良いのだ。

ところが!

進行と共に極端になってしまったのが「宗教」と「日常」のバランス。

精神科の先生(伯母の主治医)に言わせると、「新興宗教の洗脳だけはもうどうにもならないから仕方がない」そうだが、今となってはその意味がよーくわかる。
今までは理性でそのバランスを保とうとしているのがよくわかった。私が怒るからその話はしないとか努力をしているようだったが、次第に会話のに中に自由にそっち系の話を織り交ぜるようになった。

ある日、ケアマネの訪問中に大ゲンカになった。なぜか。突然「宇宙がどうとか」という話を始めたからで、どれだけ言っても食べなかったり人と触れ合おうとしない(一般社会に参加しない)ことをすべて宗教にこじつけて言い訳するものだから、あえて私はケアマネの前で「いいかげんにそっちの話はやめてくれ!」と怒鳴った。
びびった伯母は怒鳴り返して来た。「あなたは地球の危機に気付いていないからそういうことを言う。私たちが手を貸さなければ地球は滅亡するのよ!」的な、教祖にとり憑かれたようなことをまくしたてたのである。
もっと言えば、「私たちは宇宙と対話できる、通訳(教祖のこと)がいるから会話できる。私が外に出るのは散歩じゃない! 宇宙との交信のためなの! あなた何にもわかってない!」的な、もうっ!!! そして泣く泣く。涙の理由? 私を憐れんでのことよ。

これでは人間同士の会話が成り立たないのである。すっかりやせ細り、心配しても「教え」があって食べない。

ケアマネに生き証人になってもらうつもりで、あえて大バトルを展開しておいた。

しかしそのことが、今日となっては役に立っている。

いよいよ人間社会への配慮を忘れた伯母が「断食する」と言い出したのだ。ケアマネと私の前で。

今月19日から一週間、水だけで過ごすと。その断食明けに富士のふもとで「大会」があって、信者一同が会するらしい。そこで! まぁ、全員低血糖の判断力なし状態でトランス状態に導く、ということでしょうかね。それが「大洗脳大会」であることは明らかじゃないか。

激痩せの80歳認知症老人が一人、部屋にこもって水だけで一週間も過ごしてみろ! 部屋を開けた時にはミイラだぞ。

ケアマネと私がどれだけ説得したって、聞く耳などもたない。私と一緒に任意後見人を引き受けている従兄弟(浄土真宗の僧侶)もその話を聞いて激怒。しかし彼は言うのだ。「それで死ねれば伯母ちゃんの望むところだからいいよ、好きさせれば」と。ふむふむ、真にその通り。しかし彼も人間社会で生きる人。「けど、死体で発見されると警察沙汰になって親族が大変な想いをするから、ケアマネを通じてあらかじめ行政に話をしておく方が良いよ」と。

そのアドバイスに従い、あらためてケアマネと相談。

実は、断食宣言の後、ケアマネはケアマネなりに頭を悩ませ、周囲に相談をしてくれていた。しかし、誰ひとり、こんな案件にぶつかったことはなく、結局、地域包括支援センターに相談してくれたらしい。その結果、私とケアマネと包括とで三者面談をし、その後、包括の担当者がさりげなく伯母と接触する機会を設けてくれることに。さりげなく引き合わせてくれるのはデイサービスの所長になるだろう。そこまで周囲を巻き込んでも「おそらく断食は思いとどまらせことが不可能なので、ケアマネと行政とで断食中毎日安否確認することになるだろう、もし異変があれば救急搬送をすることになる」との見解。

良かった。私の味方ができた。これで変死体が発見されても、ネグレクト(介護放棄)を疑われることにはなるまい。

従兄弟も真剣に考えてくれて、「手紙を出した」とのこと。「周囲にどれだけ迷惑をかけるか考えて、断食は中止するように」と書いたそうです。

認知症が周囲に手をかけさせるというのは周知されているが、手をかけさせることのひとつに、こういう「迷惑行為」もあるのだと、私は初めて知りました。認知症による判断力の低下により、人間社会とのバランスが冷静に保てなくなり、自分の信じる神に心身を乗っ取られ、知能も体力も失っていく。

こういうことが「宗教」としてまかり通っているとすれば、今後の高齢社会の中でこれは大量殺人にもなりかねません。もっとも、伯母に言わせると自分がしていることは「真理」であり、「宗教ではない!」だそうですが。ふざけんなって! そこがそもそも宗教なんだよ!

世界人類がなんたら?

へーだ! 世界人類の心配をする前に、自分のことちゃんとしてくれ! 私の耳、どうしてくれんだ!? このままボワ〜っとした世界で私は決して幸せじゃねぇ! あんたらの力で治してくれよ!

断食を中止するまで私は伯母と関わらない。すべてをケアマネに投げました。とは言っても、請求書は来るしいろんな手続きはあるし。

人は死ぬまで一人では生きられない。神様は請求書処理までやってくれんでしょ?

なに? 「あなたの存在に本当に感謝しているわ。神様のおかげね」

ざけんじゃねーーー!

後日追記:従兄弟が出した手紙について。あらためて従兄弟が伯母と話してみたところ、「肉をやめるだけよ」とあっさり言ったらしい。調子の良い時はこうして言葉を使い分け、後日使い分けた言葉を忘れ、また騒ぎになる。振り回される家族は疲れる。

九州の伯母(92)は私の母に電話をかけて来て、妹の断食宣言を心配していたという。近くにいられない分、私(姪)によろしくと言いたい反面、迷惑をかけて申し訳ないと心から詫びていたようだ。本人は「心配してくれなんて頼んでないし、心配させるようことをしているつもりはない!」のだから、周囲はやるせない。このまま水だけの断食などケロっと忘れ、せめて肉抜き『ダイエット』にして欲しいものだ。ふだんから肉や魚など自主的には摂ってないくせに、よく言うよって感じ。おそらく一日500kcalくらい(野菜少々とチーズとチョコレート)で生活しているが、活動量が少ないおかげで1ヶ月に1kg減ほどで済んでいるが、すでに皮がしわしわになるほど骨皮状態。何せ矛盾してんだよなぁ、外食で一番好きなのはピザ。チーズが好物。でも肉は罪。わけわからん。

 最近愛してる人(モノ)

今、「今夜くらべてみました」見てます。

大渕愛子弁護士、ふなっしーを愛してやまないらしい。

「わかる! わかるわかるわかる〜!」

私もドンハマりなのである。
昨日お風呂に入りながら考えた。
アイドルは、自分と共に歳をとる。いつしか画面から消えても、きっとどこかで元気にしているだろうし、自分も大人になって、もっと大切なものと出会い、忘れるだろう。が! しかし! 愛すべきふなっしーがこの先画面から消えたら、それはもうこの世からの消失なのです。クタっとしたふなっしーがそこに放り投げられて、中に入っている人はもう2度とふなっしーの着ぐるみに命を吹き込むことはないのです。あぁ……、悲しい。

という、そんな妙なことを考えていたら、とてつもなくせつなくなってしまった! 

私は動いているふなっしーが好き。キャラクターグッズではダメで、あのバカなふなっしーが大好き。ずっと生きてて欲しい〜。

「結婚したい!」と叫んだ大渕弁護士の気持ち、もんのすごいわかってしまうのです。1人で生まれてマネージャーもなく、やむなく自らしゃべって自己紹介を始め、叩かれても無視されても自ら営業に歩き、そうよ、インディーズから大メジャー化したそのエネルギーには、勇気さえもらえるのです。そう! それは浅田真央ちゃん級のパワーなのだ。

うん、もう、メロメロ。

部屋に写真貼ってますわ。夫が「ふなっしーなっしー!」と時々叫んでくれます〜。あほ。でも良い。

ふなっしー、いつまでも元気でがんばって〜。

 伯母が認知症に至るまで

時が経つのがなんとも早い。

子ナシ夫婦の伯父が亡くなって1年1か月。残された伯母(私の父の妹)は、1人暮らしとなった。
もともと伯母は社交性がある方ではなく、好き嫌いがはっきりしており、やや被害妄想的な一面がある。さらに、プライドが高く、自分以下と思う相手に対しては上から目線で接するようなところがある。よって、町のおばちゃんたちが集まるサークル活動や、スポーツクラブなどには一切関心を示さない。どれだけ「ボケ防止」と声をかけても、社会参加をバカにするだけ。

これはまずい。ボケないまでも、ずっと1人で家にいたらウツになるから、この1年間はあわただしく過ごさせて来た。古い家を売ったり、人が集まりやすいようそれまで伯父と共に住んでいた不便な土地に建つ家を買い替えさせたり、お墓を買ったり納骨したり、九州の姉をたずねさせたり、とにかくあっと言う間の1年を過ごさせた。おかげで寂しさに暮れることもなく、伯母もよく頑張ったと思う。

がしかし、食べなくなった。もともと食品に異常なまでの猜疑心を抱いている伯母はやせ気味だったが、厄介なことに極度の電子レンジ恐怖症なため、何かをあたためて簡単に食事をすることができず、結局面倒になってますます食べなくなった。外に連れ出して外食をすれば、私以上に胃袋を膨らませてみせるが、本人いわく、「胃袋が小さくなって食べられない」と主張(いいわけ)して、一人では決して食べようとしないのだ。どれだけ身内が言い聞かせても、1日一食程度。しかも粗食。よってどんどん痩せていった。

と同時に、半年くらい前から、話が通じなくなってきた。簡単に言うと「ピンとこない」のである。たとえば、「そうそう、来週の金曜の約束だけど」と話かけると、「ん? なんだっけ」。「この前不動産屋さんから預かった書類出して」と言うと「ん? 不動産屋? なんだっけ」と、万事こんな感じである。とにかく、まず「ピン」と来なくなった。それでも、しんぽう強く思い出させれば何とかなる程度だったが、私的には、そろそろまずいと感じ始めており、「ウツか認知症かは判断できないけど物忘れが酷くなっている」旨は、親戚や親に話しておいた。

ところが、10日くらい前に性格が激変した。それまでの話の経緯をすべて猜疑心で塗り替えて、「勝手にいろんなことを決めないで!」と怒り始めたのである。こちらとしては、すべてのことに筋を通して伯母の意思を尊重しながら事を進めて来たはずなのに、その経緯を忘れ、暴走し始めた。とばっちりは九州の(伯母の)姉(92歳)にまで飛んで、電話越しに私の悪口をまくしたてたらしい。それまで、これっぽっちもおかしいと感じていなかった九州の伯母はあわてふためき、「妹の頭が変になった!」と息子に連絡をしたほどである。

祖父の性格などを考えると、伯母ももともとは怒りを表に出す性格だったのだろう。それを理性で抑えて暮らして来たのだと思う。突然、我慢のフタ(私は理性のフタと呼んでいるが)がぶっ壊れ、感情がそのまま外に噴出した。

これまでのことを思い返しても、これは認知症だと感じた。それでも、伯母の尊厳のためにも、伯母が理解できるよう、さまざまなことに対してきちんと説明をした。納得はしなくても、説明だけはきちんとしたが、疲れた。

伯母が荒れたのは、物忘れを自覚し始めたからだと思う。パニックを起こしていたのだと思う。

実は、「そろそろヤバい」と感じた去年の暮れに、伯母に「健康診断に行こうよ」と声をかけておいたのだ。あまりにも不調を訴えるし、自ら病院に行く人ではない。50年以上は病院にかかっていないというのが自慢の伯母が、そうすんなり通院に同意するはずがない。だけど、根気強く説明をして、伯母が嫌いじゃなさそうな女医をネットで検索し、しっかり説明したら同意してくれた。

その女医さんは、アメリカ帰りで高齢者医療のスペシャリストだった。いきなり大きな病院の物忘れ外来を受診したところで、トータルな診療が受けられるはずもない。内科的要因、環境的要因も十分に考えられるわけで、まずはトータルな診療を受けさせたかったのだが、偶然、うちから電車で30分以内、伯母の家からも30分で行ける場所に、小さなクリニックをその女医さんが開業していることを知った。

伯母の了解を得て、予約を入れた。感じの良い受付の女性や看護師さんが対応してくれた。

伯母の前で物忘れの話をするわけにはいかないので、事前にメールで症状を伝えておき、イザ明日診察へ! という段になり、伯母に待ち合わせの時間などの再確認をしたら突然荒れた、というわけです。「どこへ連れて行くの!? 私は病院なんか頼んでない! あなたは何の検査をさせようとしているの!? 勝手に何でも決めないでちょうだい!」と。

九州の伯母の話では、その前後から部屋で一人大声を出して暴れているらしかった。通院当日には、左手の甲にあきらかに自分でつけたと思われる深い爪痕が二か所あった。(どうしたの? とやんわり聞いたら、「ヤケドしたらしい」とのことだった。ウソをつくつもりもなく、自傷の記憶もないのだろうと思った)。

それでも、とにかく一度通院しなければ、この先何の対策も打てない。

伯母を説得し「わかった。今回だけはあなたにつきあってあげる」と言われののしられながらも、通院に成功した。

とにかく、頭に不安を抱え始めている人を外来に連れていくのは至難の業だ。これは世間一般的にそうらしい。通院先で「大変だったでしょう、よく連れてこれたね」と言われた。

案の定、長谷川式簡易スケールでは18点で認知症と診断された。もちろん本人には伝えていない。MRI検査など絶対に拒否すると思われたが、外面のいい伯母は先生や看護師さんの前では終始ニコニコしており、「今日なら先生が予約入れてくれるらしい」と説明すると、その足で別の病院に検査に行くことに同意してくれた!

私はふだんから認知症の方々と接している。そのおかげで、何より、コソコソ話はタブーで、常に意思を確認し、自分で決めさせないとトラブることを知ってる。認知症であればあるほど、質問に答えさせる(AかBかを自分で選ばせる等)ことが円滑なコミュニケーションのコツである。ムダに説明しても混乱するだけで、混乱すれば手がつけられなくなる。かわいそうだが、理解させようとせず、こっちから聞いて返って来た答えをただ尊重するのが、混乱させずにすみ、結局は本人も穏やかでいられれるコツなのだ。

長谷川式の点数を聞いた瞬間、不思議なもので、スーッと楽になった。頭を「認知症対応」に切り替えた自分がいた。

MRI検査の結果はまだ聞いていないので、アルツハイマーなのか血管性なのか、詳しいことはわからないが、身近な者として「おかしい」ことは明白なのだ。

認知症対応」に切り替えてから、イライラしなくなり、ある意味あきらめがついて、穏やかになれた。今までも何がどうで説明責任を果たそうと頑張って来たわけではないが、納得するまで説明し、翌日忘れていればまた同じ説明を繰り返したのだ。でももう「お許し」を得た気持ち。もちろん、これからもきちんと説明はする。が、頑張らせる努力はしない。ありのままを肯定し、安全の確保を軸に日々の生活を考えて行こうと思う。

介護保険など拒否するだろう。ヘルパーなど、バカにするだろう。デイサービスなど、絶対に行かないだろう。ケアマネさえ見下すだろう。医者の言うことも「わかっちゃいない」と一刀両断するたろう。

本人にとってもまわりにとっても今が一番しんどいと思う。伯母自身、物忘れを自覚している段階だし、介護保険による見守りや施設入所も無理だから、遠隔地にいる私は緊張する。現実に、気持ちは楽になったようで疲れは倍増している。肩こりがおさまらず、常に眠たい。

かわいそうだが、認知症もある程度進んでしまった方が本人は早く楽になれる。治らない病なら、今本人に告知して混乱させる必要はない。

とにかく、認知症を発症してしまった以上は、安全に、穏やかに暮らせることを最優先に考えてあげるしかない。しでかすことをいちいち怒ってはいけないと言うが、怒ればますます混乱させ、介護者の手のつけようがなくなるということだ。共にかわいそうなことになり、共倒れしてしまう。

他人から見たら薄情かもしれないが、今後はただ優しい目で見守るしかない。独居がかなわなくなった時には、安全に暮らせる場所に移り住まわせてあげる。一緒に暮らせるわけじゃないし、暮らしたところで私の心は平穏でなくなる。

これが現実だ。

介護者である私が穏やかでいることも、大事なことだ、と疲れ果てた身体で自分に言い聞かせる。

 小樽旅行

昨日まで三日間、格安パックツァーに参加。添乗員さんの旗にくっついて歩く国内ツァーに初参加。

たまたま見かけた阪急旅行社のチラシ。小樽〜富良野旭山動物園〜小樽、食事三回つき。こんな感じの二泊三日で29900円也。安っ! とりあえず飛行機はJAL。その名もスゴイ「北海道大総力祭」。ということで、夫と2人で参加する予定が、母と弟がくっついて来て、妙な組合わせの4人旅行と相成りました。

まぁ、良い体験でしたが、観光付きというのは、ほぼ運動不足になりますね。ホテルの玄関を出たらバスで観光地へ。30分〜2時間の観光地での自由時間を食べるか買い物するかで過ごし、またバスでホテルへ。一体いつ歩くんじゃい! というくらい、歩かない。食っちゃ寝、食っちゃ寝、とはこのことだわ。

楽々。

最終日、小樽自由行動約5時間の間だけは、歩いて歩いて、ようやく「旅」という感じ。それまでは「一体どこに来てるんだろう」って感じ。

小樽の自由時間では路線バスに乗って、新南樽市場へ。行ってみるとここは市民のための市場。観光バスなど一切来ない。安い安い。殻つきホタテ8個で500円! マスクメロンが土産屋の半額。片隅にある小さな小さな食堂では板さんが海鮮丼などふるまっている。これまた、観光地の食堂より3割くらいは安かったけど、満席で食べれず残念! ちなみに、バスの中で地図を広げて隣のおばさんに道案内をしてもらっていたら、反対のおばさんが話に加わり、さらにその前の席の親子連れのお母さんが話に加わり、結局一緒に降りて道案内まで! いやぁ、小樽の人、本当に気さくよ、びっくりした。

それから、富良野に行ったらオススメは、南富良野社会福祉法人が経営している「なんぷー工房 森のパンや」のパン! 何も知らずファーム富田(雨だったので入口の売店でメロン食べたりアイス食べただけで終わったが)の売店でメロンパン(150円くらい?)を買ったのだが、あまりのおいしさに裏を返しみてると、そういうことでした。帰宅後調べたら、社会福祉法人「南富良野大乗会」が経営母体で、知的障害者によって作られているパンのようでした。南富良野にパン工房や喫茶店があるそうです。富良野に行ったら是非、メロンパンを探してくださいませ。

この旅で一番おいしかったのはこのメロンパンかしら? 

あと備忘録として、居酒屋「香蔵(かぐら)」。寿司屋通りから少し入った場所にある地元の人が通う居酒屋なんですが、夫の仕事仲間の同級生が経営しているとのことで、お邪魔しました。観光客はなかなかこの手の店には飛び込めないものですが、予め予約しておいてもらったので有難く! 鮮度も味も抜群でした!(食べログには東京からの観光の人が飛び込みで入ってボラれたと嘆いていらっしゃいましたが、まぁどの店もそういう可能性はあるかなぁ)。

一応メニューを見たら3000円から料理の予約ができて飲み放題1200円。板さんが地元の食材で一品ずつ丁寧に料理してくれる。同じ鮮度のお造りを東京の小料理屋で頂いたら倍は取られるなぁ、という印象でした。小樽に行かれる際は、ご利用下さいませ。でも、この店に限らず、地元の人のための店に行く際は、ボラれないためにも、予約にて予算を伝えてから行くことをオススメ致します。

というわけで、ほとんど写真も撮ってないし、何も変わったことのないパック旅行でしたが、とにかく安い! けど、緊張も下調べもガイドブックも何もいらないから、気晴らしにフラリと参加するのは良い良い。願わくば、まるまるフリーの1日がとれるようなパックが良いけど、旅行も長いと疲れるし、これくらいでちょうど良いか。

旗の後ろについて歩くパック旅行も考えようによっては悪くないな、と感じた旅でした。雨雨雨で暑かったり寒かったりでしたが、猛暑の疲れを癒すにはちょうど良いタイミングでした。ちなみにこの連日東京の最高気温は31度だったとか! 北海道も異常な暑さだとは言え、湿気がないので羨ましい限り。しかしガイドさんと添乗員さんは真冬のマフラー(大判のウールとかファーとか)ぐるぐる巻きで、何か不思議でした。この地元のお二人も、何か気さくで良かったです。



ノーザンホースパークの引退した競走馬



旭山動物園の人慣れしたペンギン



ノーザンホースパークにてダンナと弟